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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)769号 判決 1957年4月16日

控訴人 星工業株式会社

被控訴人 日本専売公社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二百九万九千百円及びこれに対する昭和二十七年六月十六日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において「原判決三枚目表十一行中の、即ち以下同裏四行中の、支払を受けた、とある部分までを撤回する。訴外蔵貫安熊は昭和二十六年初頃被控訴人公社高崎鶴見町工場厚生部主任木村留吉を知るに至り、同年九月頃から右厚生部主任木村留吉と委託販売契約をなして数回に亘つて餅、飴等の食料品及びズボン、ジヤンバー、ワイツヤツ等繊維製品を納入し、右納入代金の支払は数回に亘り同年十二月二十五日完済を受けた。蔵貫は被控訴人公社高崎鶴見町工場と委託販売契約を締結して取引したのであつて、被控訴人とその人格を異にする高崎鶴見町工場従業員のための互助組織である厚生部ないし木村留吉個人と契約したものではない。蔵貫は控訴会社代表取締役今井金吾に対し自己が右のとおり被控訴人と取引していることを告げて、被控訴人公社は高崎専売局長を置き、その下に高崎工場と鶴見町工場とがあり、各工場の従業員はそれぞれ千名を超すので、その家族を加えるときは全部で一万名以上となり、被控訴人は従業員のため薪炭米麦等生活必需品をその厚生部の名において購入しこれを従業員に販売しているので、控訴人が被控訴人公社の右工場にズボン、ワイシヤツ等繊維製品を販売すれば極めて有望であると説明した。よつて控訴人は蔵貫に対しその得意先(右工場)の譲渡方を懇請し、その謝礼として金五万円を支払うことを約束し、蔵貫はこれを承諾した。そして、蔵貫は昭和二十七年一月中に控訴会社代表取締役今井金吾を同伴して被控訴人公社高崎鶴見町工場に厚生部主任木村留吉を訪れ、自己に代つて控訴人と取引されたい旨依頼して今井を紹介し、木村は控訴人との取引を承諾した。よつて控訴人はワイシヤツ及び作業ズボン各二枚を右工場に売却し、右代金千五百七十円は同年二月十二日受領し控訴人は同工場あての受取証を渡した。このように、控訴人は被控訴人公社高崎鶴見町工場と売買契約を締結して取引を開始したのであつて、被控訴人とその人格を異にする高崎鶴見町工場従業員のための互助組織である厚生部ないし木村留吉個人と契約を締結して取引を開始したのではない。そして、いづれも同工場の注文により(一)同年二月十五日の品物は控訴会社代表取締役今井金吾が右工場に持参して納品し、(三)同年三月一日の品物は同工場厚生部主任木村留吉に手交し、(四)同月三日の品物は同工場にあてゝ発送納品し、(五)同月九日ないし同年四月七日の品物はいづれも同工場厚生課長木村留吉にあてゝ発送納品した。被控訴人は右取引の相手方は木村留吉個人であると主張するが、(イ)控訴人を紹介しかつ得意先を譲渡した蔵貫安熊の取引した相手方は被控訴人であつて、木村留吉個人ではない、(ロ)控訴人が第一回に取引した相手方は前記のとおり被控訴人である、(ハ)本件取引は所謂掛売であつてその金額は一箇月半の短期間に合計金二百六十二万五千百八十円の多額に達したが、かゝる取引を殆んど資産のない木村留吉を相手方としてなすことは常識上有り得ない。(二)控訴人が注文を受けたのは大部分右工場においてであり、代金受領のため電話連絡したのも右工場であり、打合せた日時に右工場を訪れて支払を催促し、右工場で代金を受領し、同工場で納品の一部の返品を受けたのであり、同工場以外の場所で木村と交渉したのは同人が言を左右にして代金の支払を為さず、或は故意に面会を避けたため同人を追及した結果生じたことであり、また、鉄道退職者協会から発註書の交付を受けまた同協会に納品したことはなく、控訴人は木村留吉に対し本件取引が成立したときは二分ないし三分程度の歩合を出すことを厚生部に口約している等の事実に徴しても右主張は理由がない。被控訴人は本件取引の相手方は高崎鶴見町工場従業員間の互助的組織である高崎鶴見町工場厚生部であつて、被控訴人ではないと主張するれども、被控訴人と右厚生部とは同一人格である。その理由は、(一)高崎鶴見町工場厚生部は名称自体既に被控訴人公社高崎鶴見町工場の一部門を表現する名称である。(二)同工場の「職員の福利厚生に関する事項」と同工場の「厚生部」の業務とはいづれも福利厚生に関する業務であつて彼此区別することができない、(三)「厚生部」の主任、事務員、売店係、雑役夫はすべて被控訴人の使用人であつて、厚生部に雇用されたものではない、(四)右厚生部の職員は被控訴人から給与を受け厚生部から給与を受けていない、(五)厚生部の職員は被控訴人から任免監督されており、厚生部から任免監督を受けていない、(六)厚生部の事務所は被控訴人の職員の事務室の一隅にあり、事務用具もすべて被控訴人所有のものを使用している、(七)厚生部の金銭の出納保管は被控訴人がなしており、本来の業務のための会計と、厚生部の会計とは多少差異があるが、このことは大工場等においては通例のことである、(八)本来の業務と厚生の業務とは一般に区別することができるが、本来の業務を遂行するためには必然的に大工場においては厚生の業務が必要欠くべからざるものであつて、被控訴人の厚生部も被控訴人の必要欠くべからざる一部門であるから、厚生部は被控訴人の一部門である。もしも、仮りに本件取引の相手方が木村留吉ないし高崎鶴見町工場従業員間の互助的組織であるとすれば、被控訴人は自己の商号を使用して本件取引をなすことを木村留吉ないし互助組織に許諾し、控訴人はこれを被控訴人と誤信して取引をなしたのであるから、被控訴人は本件債務につき連帯して支払うべき責任がある。なんとなれば、「日本専売公社高崎鶴見町工場厚生部」なる商号は被控訴人の営業の範囲内に属する一部門を表示するものであり、同商号は商法第二十三条にいう自己の商号に該当するからである。仮りに右主張が理由がないとしても、被控訴人は被控訴人公社高崎鶴見町工場の従業員が生活必需品を購入するための互助的組織に対し「日本専売公社高崎鶴見町工場厚生部」なる名称を使用することを許諾し、同工場内事務室の一部をその事務所として使用させ、被控訴人所有の机、椅子、金庫、電話等を共同で使用させ、被控訴人の使用人木村留吉を厚生部主任となし、その他三名の使用人を右厚生部の職員にあて、右主任以下厚生部の職員を任免監督し、月給を支給し、厚生部の金銭を保管出納し、厚生部主任木村留吉をして蔵貫安熊、控訴人その他の第三者と生活必需物資購入の取引をさせ、その代金支払に当つては被控訴人あての受取証を取つていることは、被控訴人が第三者である控訴人に対し右厚生部主任木村留吉にその取引の代理権を与えた旨を表示したものであり、本件取引は厚生部主任木村留吉がその代理権ま範囲内において控訴人と取引したのであるから、被控訴人は民法第百九条に従い本件取引について責任がある。更に、民法第七百十五条の従前の主張に次のとおり附加する。即ち、被控訴人は木村留吉の使用者であり、同人を厚生部主任に任命し、指揮監督していたのみならず、厚生部の業務が被控訴人の右工場における本来の業務でないとしても、厚生部の業務は右工場における被控訴人の本来の業務に不可欠の業務である。そうでなければ、被控訴人が自己の職員である木村留吉以下四名の者に殆んど専属的に厚生部の業務を担当させる筈がない。被控訴人は木村留吉以下四名の職員に本来の業務である職員の福利厚生に関する事項を担当させる外厚生部の業務を兼任させていたと主張するけれども、職員の福利厚生に関する事項としては具体的には娯楽設備の保管に止まり、その事務量は僅少で一名を必要とせず、これに反し厚生部の業務は具体的には従業員及びその家族のため薪炭食糧繊維製品等生活必需品の購入、保管、配給、金銭の出納等であり、従業員及び家族が四、五千名に達するので事務量は木村留吉以下四名の者をして担当せしめねば処理し得ない程の分量であつて、殆んど専属的に厚生部の業務を右四名に担当させていたのであるから、厚生部の業務が右工場の本来の業務に附属的なものであるとしても、不可欠の業務であり、殆んど専属的に厚生部の業務をその主任として担当させていた木村留吉が厚生部の業務の執行につき控訴人に加えた損害は被控訴人の業務の執行につき控訴人に加えた損害といわねばならない。」と述べ、新たな証拠として甲第二十三号証を提出し、当審における証人蔵貫安熊、石川儀一の各証言及び控訴会社代表者今井金吾尋問の結果を援用し、乙第三号証の一ないし四の認否を訂正し、その成立を認め利益に援用すると述べ、被控訴指定代理人において、甲第二十三号証の成立を認めると述べた外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

一、木村留吉が被控訴人公社高崎鶴見町工場(以下鶴見町工場又は単に工場という。)の経理課庶務係員として昭和二十五年七月頃から昭和二十七年五月頃まで勤務し、職員の福利厚生に関する事務を担当していたこと、日本専売公社高崎鶴見町工場厚生部(以下厚生部という。)なるものが存在し、右工場経理課事務室の一部を使用し、同工場職員のための生活必需品の購入、委託販売等の事業を営んでいたこと、木村留吉が昭和二十五年頃から引き続き厚生部主任としてその事務担当者であつたことは当事者間に争いがなく、控訴人が各種繊維製品の加工販売等を業とする商事会社であることは、原審における控訴会社代表者今井金吾尋問の結果により認められる。

成立に争いない乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし六、原審における控訴会社代表者今井金吾尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第十九号証の一ないし五、第二十号証、原審及び当審における証人蔵貫安熊、石川儀一の各証言、控訴会社代表者今井金吾尋問の結果によれば、木村留吉が厚生部主任として、代金は現品到着と同時に半額、一箇月以内に残額を支払う約束で口頭又は電話で控訴人に注文をなし、よつて控訴人が昭和二十七年二月十五日から同年四月七日までの間に別表記載の繊維製品を木村留吉にあてゝ発送納品し、その代金が合計金二百六十二万五千百八十円であることが認められる。しかして、そのうち金五十万円の支払があり、二月十七日売り渡した作業服のうち上着十着下着三十六着が返品され、残代金が合計金二百九万九千百円であることは、控訴人の自陳するところである。

二、厚生部は鶴見町工場の一部局であつて、木村留吉はその主任として工場長から職員の福利厚生に関し一切の物資を購入するための包括的な代理権を与えられているとの主張について判断する。

成立に争いない甲第二十三号証、原審証人佐藤清の証言により原本の存在及び成立が認められる乙第五、第六号証、原審証人佐藤清、木村留吉、宮寺友吉の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば、鶴見町工場には工場長のもとに経理課、製造課、診療所の三課が置かれ、経理課は庶務係、経理係、需品係、倉庫係の四係に分れ、庶務係は総務、人事、教育、服務、変災、防備、社内取締、登記、統計、共済組合関係事務、職員の福利厚生に関する事務を担当し、福利厚生事務の主たる内容は厚生施設の計画立案、厚生施設の現状把握、その維持運用等であり、経理係は予算、決算、資金、出納、原価計算、営繕事務を担当し、需品係は事務用物品の購入、処分、専売品以外の物品の保管、物品に関する契約事務を担当し、契約の権限は契約担当役たる工場長に、金銭支払の権限は支払権限者たる経理課長に属しており、物品の購入は経理課需品係、代金の支払は同課経理係で各担当し、契約の締結は工場長が当り、代金の支払は経理課長が行い、同課庶務係には物品の購入、代金の支払についてなんらの権限がないこと、同工場には厚生部という職制は設けられておらず、また、被控訴人公社組織規程にも厚生部の職制は定められていないこと、被控訴人の前身である大蔵省専売局当時から、各地の専売局その他の事業所においてその職員が義済会、専友会、厚生会等の名称の互助組織を設けて災厄の救済、傷病の診療、共同購買等の事業を行つていたこと、鶴見町工場の前身ともいうべき高崎地方局には戦時中その互助組織が厚生部の名称で職員のための生活物資の購入配給等の事業を営んでおり、公社に改組された後の昭和二十四年九月に被控訴人の全職員で組織する専売協会が設けられ、慶弔その他福利施設、生活用品の斡旋等の事業を営んだが、生活用品の斡旋が不十分であつたため右厚生部はなお解散されず存続して、生活用品の購入配給の業務を営んで来たこと、専売協会は昭和二十六年六月解散し、職員の福利厚生事業を営む組織体は厚生部のみとなつたこと、新しい職制によつて鶴見町工場が昭和二十五年七月新設されたとき工場長以下工場職員によつて組織された任意団体として厚生部が設立されたこと、厚生部は職員の希望する物資の一括購入の斡旋、繊維製品、洋服、靴、みそ、醤油、食用油、菓子類、化粧品等日用品の委託販売、薪炭等生活必需品の購入、分譲、食堂、理髪、洗濯、パーマ等を主たる目的とし、その運営方針は工場幹部及び工場職員の労働組合幹部とによつて決定され、その事務は事務係、売店係、雑役各一名が担当し、事務係は主任と称し、物資購入委託販売等のための業者との交渉、契約の締結、代金の支払等をなしていたこと、右厚生部の係員には慣例的に工場長の許可を得た工場職員が当つていたこと、また、厚生部は工場長の許可を得て「厚生部」の名札を掲げて工場事務室の一部で執務し、事務用品等も工場所有のものを使用していたこと、厚生部の経理は工場の経理と判然区別され、その運用資金は委託販売等による収益をもつて充てゝいたこと、厚生部の現金は便宜上経理課長に依頼して保管して貰い、不正を防止するため工場長、次長、経理課長らがその出納帳簿を検閲していたこと、工場の事業は被控訴人公社総裁の指揮監督を受け、被控訴人公社の予算で運営され、会計検査の対象となつていたが、厚生部は被控訴人公社の指揮監督を受けず、被控訴人公社の予算で賄われず、会計検査の対象となつていなかつたことが認められる。右認定に反する原審及び当審における控訴会社代表者今井金吾の供述は、前記証拠に照し措信し難く、成立に争いない甲第一号証によれば、木村留吉は厚生部主任として控訴人に対し金額二百十万円、支払期日昭和二十七年六月十五日、支払地振出地ともに高崎市、支払場所株式会社群馬大同銀行高崎北支店、振出日同年四月十六日の約束手形一通を工場の印章を押捺して振り出したことが認められるが、原審証人木村留吉、佐藤清の各証言によれば、右工場の印章は木村留吉以外の他の庶務係員が保管し、木村留吉にはなんら右印章を使用する権限はなく、木村留吉が控訴人から前記代金の支払を督促され一時を逃れるため右印章を盗用して右手形に押捺したものであることが認められ、成立に争いない乙第三号証の一ないし四は、前記証拠に比照すれば、蔵貫安熊又は控訴会社代表者今井金吾が宛名を簡略にして工場の名称を記載した厚生部に対する受領証であることが認められるから、甲第一号証及び乙第三号証の一ないし四をもつて前記認定を覆えすべき証拠と認めることはできない。その他右認定を覆えすべき証拠はない。又以上認定に供した資料によれば、会計課長が厚生部の現金を保管したのは同課長が貴重品を保管する設備を管理している関係で便宜上厚生部の依頼によつてなしたものであり、工場長以下が厚生部の出納帳簿を検閲したのは、厚生部の係員が工場の職員であるためその身分上の監督権の一端として、かつ、厚生部の構成員の代表者として行つたのであつて、厚生部を監督するためになしたのではなく、また、厚生部の職員は工場長によつて任免されたのではなく、工場長は、工場職員が勤務時間中に工場の事業でない外の仕事に従事することを許可したに止まるのであり、厚生部は工場職員によつて組織された法人格なき社団であつて、その事業の範囲は工場の事業と明確に区分され、意思決定、命令監督の面からも、現金物品の出納の面からも劃然たる差異があつて、工場と厚生部とは別個の組織体であり、木村留吉は厚生部主任として職員の福利厚生のために生活用品を購入する等の権限を有していたが、工場の職員としては、かゝる物品を購入する権限はなんら有していなかつたことが認められる。

従つて、前記主張は右認定に反し理由がない。

三、厚生部に対し被控訴人の商号の使用を許したから商法第二十三条に従い連帯して前記取引の責任を負うべきであるとの主張について判断する。

本件において鶴見町工場は厚生部が「日本専売公社高崎鶴見町工場厚生部」という名称を用い、その名称のもとに他と取引することを認めていたことは前記のとおりである。

「日本専売公社高崎鶴見工場厚生部」という名称が日本専売公社又は日本専売公社高崎鶴見町工場なる名称によつて表示される事業体の一部局に属する組織を表示するか否かを判断するためには、まづ「厚生部」なる名称の表示するところを明らかにしなければならない。戦時中から戦後にかけて一般に物資が欠乏し生活が窮迫したため、官庁会社の区別なく、多数の従業員を使用する事業体においては、従業員の困窮を緩和し利便を計るために、繊維製品、薪炭、みそ、醤油、菓子等生活必需物資日用品等の一括購入、分譲、委託販売、その他の事業を営む組織が新設され、又は、従前の従業員の親睦団体互助的組織がその事業を拡大し、これらの組織団体が屡々「厚生部」の名称を用いたことは吾人の経験に徴し顕著であるところであり、逆にいえば「厚生部」の名称は当該事業体の従業員の生活の利便を計る目的で物資の購入、委託販売等の事業を営む組織であることを示すものといつてさしつかえない。ところで、民間の商社等においては、これらの事業体の活動範囲は定款等によつて限定されているがなお非常に広く、資金の運用も融通性を持ち、その従業員に対する給与、利便の供与も理事者の自由に定め得るところが多い関係から、「厚生部」の事業を当該事業体の事務として行い、「厚生部」の上に事業体の名称を附しこの名称をもつてその事業体の一部局の名称としている場合が非常に多いことも経験に照し顕著である。従つて商社等の名称を附した「厚生部」なる名称は、当該商社等の一部局たることを表示する場合もあり得るが、これに反し官庁公共企業体においては大いに事情が異つている。即ち、官庁公共企業体においては、その組織、権限、事務内容、業務の範囲が法令等によつて定められ、又は主務大臣の認可を受け、予算も国会の議決を経ることを要し、「厚生部」の前記の如き職員の私的生活の利便を計る事業を行うことが許されない関係上、「厚生部」は官庁公共企業体とは別個に自主的な組織体として職員によつて構成され、官庁公共企業体の組織、職務権限、予算等に関係なく、自己の資金で自由に運営され、「厚生部」の上にそれぞれの官庁公共企業体の名称を附してその名称として用いていることは一般に見られ経験上顕著であると考えられるところ、原審証人佐藤清の証言によれば、被控訴人の他の工場等において「厚生部」が被控訴人とは別個の自主的な団体として存在し「厚生部」の上に被控訴人の名称を附してその名称として用いていたことが窮われる。しからば、「厚生部」の上に官庁公共企業体の名称を附した名称を持ち職員のための生活用物品の購入等を目的とする自主独立の団体が鶴見町工場厚生部の外に幾多存在していて、官庁公共企業体の名称を上に附した「厚生部」なる名称はかゝる自主独立の団体を表示しており、且第三者に於いても通常の常識によつて官庁、公共企業体の前段説示の公益的性格を判断すれば、かく解すべきを至当とする。従つて、「日本専売公社鶴見町工場厚生部」なる名称も右と同様に寧ろ被控訴人とは別個の自主的な団体を表示するものと解すべきであつて、この名称が被控訴人の一部局たることを表示するものとは認め難い。「厚生部」という名称が一般にその部局たることを表わす「部」という文字を使用し、「厚生会」「厚生組合」等の名称と異つていても、右の判断を左右するに足りない。

従つて、右主張は理由がないものといわねばならない。

四、本村留吉には工場の一部の物資購入の権限があつたから、被控訴人は前記取引について民法第百十条により責任があるとの主張について判断する。

木村留吉が厚生部主任として厚生部で取り扱う物品についてはこれを購入する権限があつたが、工場経理課庶務係としてはなんら物品購入の権限を与えられていなかつたことは既に述べたとおりである。従つて、仮りに前記取引が控訴人と被控訴人の代理人と称した木村留吉との間に成立したものとしても、木村留吉には物資購入について被控訴人を代理すべき権限は全く与えられていなかつたのであるから、右主張は既にその前提においては理由がない。

のみならず、前段認定に供した資料によれば、前記取引は控訴人と厚生部主任木村留吉との間に成立し、厚生部と被控訴人とは別個の人格であるから、前記取引は控訴人と厚生部主任即ち厚生部の代理人木村留吉との間に成立し、控訴人と被控訴人代理人木村留吉との間に成立したものではないから、右取引の効果が被控訴人に生ずる余地はない。

五、被控訴人が第三者に対し厚生部に物資購入の代理権を与えた旨を表示したから、被控訴人は民法第百九条による責任があるとの主張について判断する。

被控訴人の承諾を得て厚生部が「日本専売公社高崎鶴見町工場厚生部」と称し、工場経理課の事務室内で他の係とならんで「厚生部」なる名札を掲げ、工場の職員たる木村留吉以下が厚生部の事務を執り、工場所有の机その他の事務用品を使用していたことは既に述べたところである。

被控訴人が日本専売公社法等の規定によつて官庁に準ずる公益事業体として目的業務の範囲が定められ、予算は国会の議決を要し、会計検査院の検査に服し、内部の組織、職務権限、会計の方法等は大蔵大臣の認可を要すること等と定められていることは、前記法令によつて明白であり、被控訴人の営む職員に対する福利厚生の事業には自ら限界があつて、被控訴人には厚生部の営んでいる職員の希望する物資の一括購入の斡旋、繊維製品洋服靴みそ醤油食用油菓子類化粧品等日用品の委託販売、薪炭等生活必需品の購入分譲、食堂、理髪、パーマ等の事業を営むことが許されていないことは前記法令により当然に察知し得るところである。そして、厚生部は被控訴人とは異る名称を使用し、その名称自体が被控訴人とは別個の組織体が右事業を営んでいることを表示しているのみならず、工場における物品の購入は経理課需品係、代金の支払は同課経理係が各担当し、その事務の運営は前記の法令により厳格に規定され、発注、納品、支払はそれぞれ所定の書面を業者から提出させ各係がそれぞれ上司の決裁を経た上行われ、債務負担の権限は工場長に、支払の権限は経理課長に属すること等が定められており、右の手続によつて物資の購入が行われていたこと、厚生部はこれと異り、物資購入代金の支払について一定の方式手続を必要とせず、一切を厚生部主任が取り扱つていたことは前記認定に供した資料によつて認められる。従つて、被控訴人と厚生部との事業の内容、その名称、取引の方法及び担当者を考えれば、厚生部の営む事業が被控訴人の営業の一部に属せず、かえつて被控訴人にはかゝる事業を営むことが許されず、被控訴人とは別個の主体たる厚生部によつて営まれていることは容易に判別ができるのみならず、厚生部の事業は厚生部が被控訴人を代理して営んでいるが如き外形を備えていないことも察知し得たものと云わなければならない。原審及び当審における証人蔵貫安熊、控訴会社代表者今井金吾の各供述によれば、控訴会社は厚生部が職員の家族の生活用品も購入していたことを知つており、また、厚生部に対し物品代金の三分程度の歩合を与える旨約束していることが認められるが、被控訴人が右の如き物品を購入し、歩合を受け取る約束をするが如きことの有り得べからざることは通常の注意を用いれば容易に知り得ることであり、右事実からしても厚生部が被控訴人と別個の組織体であつてその事業も各別に営まれていることが識別できるのであるから、控訴人が厚生部の事業を被控訴人の営業の一部と誤認したとすれば、著しく注意を欠いたものといわねばならない。従つて、厚生部が「日本専売公社高崎鶴見町工場厚生部」と称し、経理課の一室に事務所を置き、工場の職員がその事務を担当し、工場の机等を使用しているけれども、厚生部の事業と被控訴人の事業とは外観上判然と区別され、第三者に対し彼此誤認を生せしめることはなく、厚生部が被控訴人の代理人であるが如き外形は存していないから、被控訴人が厚生部に代理権を与えた旨を第三者に表示したものと解することはできない。前記乙第三号証の一ないし四は、厚生部が被控訴人の代理人であるために名宛人に被控訴人の名称が記載されたのではなく、厚生部を簡略に表示したものであることは、既に述べたとおりであるから、同号証をもつて右認定を妨げるものではない。

よつて、右主張は理由がない。

六、木村留吉が前記物品を被控訴人が購入するものと称して詐取したのは、被控訴人の事業の執行につきなしたものであるから、被控訴人は民法第七百十五条に従い損害賠償があるとの主張について判断する。

木村留吉が経理課庶務係として福利厚生に関する事項を担当し、その具体的事務内容は福利厚生施設の計画立案、現状把握、維持運用等であつたこと、物品の購入は他の係の担当事務に属し同人はこれに関与せず、福利厚生に関する事務と物品購入の事務とは職制上判然と区別されていたこと、木村留吉が厚生部主任として厚生部で取り扱う物品の購入等の事務に当つていたこと、厚生部の事業と被控訴人の営業とはなんら関係がなかつたことは、既に述べたところである。

ところで前記取引に当つては、事前に控訴会社代表者今井金吾が厚生部主任木村留吉に面会して種々交渉を遂げ、その結果米村留吉が厚生部主任として厚生部の事業に使用する旨を明らかにして控訴人に注文し、控訴人も厚生部から注文があつたことを十分承知して厚生部に前記物品を送り、厚生部から一部代金の支払を受けたことは、原審及び当審における証人蔵貫安熊、控訴会社代表者今井金吾の各供述によつて認められるから、木村留吉は厚生部主任として厚生部が使用する旨告げて前記物品を送らせたのであり、工場が購入するものであると詐つて右物品を送らせたものではない。従つて、仮りに右取引が不法行為に当るとしても、その行為は木村留吉が厚生部主任として厚生部の事業を執行するにつきなしたことであつて、経理課庶務係として工場の事業の執行につきなしたものではなく、厚生部の事業が工場の営業となんら関係がないのであるから、被控訴人が使用者として責任を負う筋合はないというべきである。

のみならず、前記の厚生施設の計画立案等の事務と職員のための生活必需物資日用品等の購入事務とが互に関聯して-一体をなすべき性質のものではなく、また、厚生施設の計画立案等の事務を処理するについて職員のための生活必需物資日用品等の購入が必要となるものではないから、右の如き物資購入が工場の福利厚生に関する事務と一体をなし又はその事務の執行に必要不可欠の関係にあるものとは認められない。前記の如き職員のための生活用物品の購入分譲等の事業を営む厚生部が職員の生活にとつて必要な機構であることは弁論の全趣旨により認められるが、被控訴人の行う職員のための福利厚生の事業は法令等に根拠を持ち又は大蔵大臣の認可を受けかつ予算上認められた範囲に限られ、その範囲を超えて福利厚生の事業を営むことはできず、厚生部の営む前記事業が被控訴人の事業として営むことの許されないことは前に述べたとおりである。従つて厚生部の事業が職員の生活に必要であるからといつて公益事業体たる被控訴人の営業に必要な事業であると認めることはできない。しからば、仮りに木村留吉が厚部主任の地位を利用して工場が購入するものと詐つて前記物品を送らせたとしても、右は同人の工場職員としての担当事業の執行とはなんらの関係もなく、被控訴人の事業の執行につきなされたものということはできない。

工場の職員木村留吉以下が殆んど専属的に厚生部の事務に従事していたことは前に述べたところであるが、厚生部の職員は工場長によつて任免監督されているものではないこと前記のとおりであるから、右事実は前記判断になんらの影響を及ぼすものではない。

従つて右主張はその他の点について判断するまでもなく理由がない。

七、以上のとおりであるから、控訴人の主張はいづれの点から見ても理由がなく、本訴請求は失当たるを免れない。

よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項第八十九条第九十五条本文に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)

別表

日時

商品

数量

単価

金額

(1)二月十五日

紺ジヤンバー

一、〇〇〇円

一、〇〇〇円

ワイシヤツ

三三〇

三三〇円

作業服上下

一、二三〇

一、二三〇円

(2)二月十七日

作業服上

五〇

七〇〇

三五、〇〇〇円

〃 下

七〇

五三〇

三七、〇〇〇円

(3)三月一日

紺サージズボン

七〇〇

一、四〇〇円

色ワイシヤツ

三三〇

六六〇円

作業服上下

一、二三〇

二、四六〇円

(4)三月三日

色ワイシヤツ

一五二

三三〇

五〇、一六〇円

紺サージズボン

一二七

七〇〇

八八、九〇〇円

作業服上

一四

七〇〇

九、八〇〇円

〃 下

四二

五三〇

二二、二六〇円

(5)三月九日

作業服上下

三三九

一、二三〇

四一六、九七〇円

(6)三月二十日

三一七

一、二三〇

三八九、九一〇円

(7)三月二十五日

紺サージズボン

四九〇

七〇〇

三四三、〇〇〇円

(8)四月二日

五〇〇

七〇〇

三五〇、〇〇〇円

(9)四月七日

一、二五〇

七〇〇

八七五、〇〇〇円

合計

二、六二五、一八〇円

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